千木良のバス停が、遠くの山車の灯りを背負いながら、ぽつりと闇夜に浮かび上がった。よいこらせぇーどっこいしょーあーずんたかたっずんたかたっわっしょいわっしょい周辺一帯の若者達が、酒焼けの喉をこれでもかと鳴らす。通り沿いに咲く一夜限りの提灯の道が、二台の山車の行く末を見守っていた。祭りだ。高々と打ち上げられた花火の後も、和太鼓の音が夜風に流れ、身体を震わす。22時を回ろうとした今も、祭りの余韻は止むことはなかった。きっとこの町は、今夜は眠らない。「あ、のりえちゃんバスきたよ」隣でみさきちゃんが声を張る。暗がりでどんな表情をしているのかよく見えない。お別れの時間である。今夜のお別れは、何故だろう少しさみしい。みんなの顔が見れなかった。ぷしゅー。別れの挨拶に浸る間もなく、バスが目の前にゆっくりと停車し、早く乗れと言わんばかりにドアを広げる。私は早足に乗り込こむと整理券を取った。座席に座り込む前に、バスはまたゆっくりと発車した。振り向いた窓越しに、みさきちゃんたちが手を振ったのが見えた。ーー終点・相模湖駅私以外、利用者のほとんどいないバス内には、停車区を告げる女性アナウンスだけが響き渡る。アナウンスを4つほど数えた頃には、終点、相模湖駅に到着していた。財布の中身を見る。
無言で5000円札を両替機に突っ込む。
入らない。「……5000円札は両替できません」無愛想な運転手が、眼鏡越しに私の顔を見た。「5000円札しかないです」「5000円札しかないんですか?」「はい」無いものは無い。私の財布には樋口一葉しか居ない。「小銭も全くありませんか?」私はそっと小銭を確認した。51円だった。言いにくかったが、財布の中身を見せながら、私はぼそりと答えた。「……51円しかないですね」ああ、なんてことかしら。バスは久しぶりに乗ったのよ。緊張したわ。まさか両替札が限られていたなんて!……よくよく考えれば当たり前か。「そうですか……次に、このバスに乗る機会はありますか?」私は俯いた。当分……このバスを利用することはないのではないだろうか。少なくとも、1ヶ月以上は日が空くだろう。10月、あるいは11月?「いや……県外からきたので暫くは……」「……じゃあ良いですよ。小銭だけ入れて下さい」ハイ、スミマセン。気のせいだろうか。運転手さんの目が怖い。私は51円を精算機に突っ込むと、いそいそとバスを降りたのであった。
次はお札をバラしておこう。そう思ったのであった。